承認欲求って、あってはダメなもの?

 

この時期、動物病院で働く
新人の獣医師さんや動物看護師さんから、
お仕事の相談をされることが増えます。
 
 
 
 
6月に入り、
少しずつ仕事にも慣れて、
忙しさも落ち着いてくるからでしょうか。
 
 
仕事内容、人間関係、将来への不安・・・
内容はいろいろです。
 
 
 
 
話を聞きながら、
 
「頑張っている私を認めてほしい」
 
「役立っていることを感じたい」
 
といった「承認欲求」を感じます。
 
 
 
 
 
「承認欲求」は
どのような方にもあるといわれています。
 
 
最近思うのですが、その承認欲求・・・
 
 
持っていることを認めたくないのか、
時々否定する方がいますが、
 
そんなとき、
あってはダメなのかな?
と思うのです。
 
 
 
 
もちろん、
承認欲求が過剰になりすぎて、
他人に対して
「認めて、認めて」だけになると、
 
期待通りの反応がない場合、
自分自身が苦しくなることがありますよね。
 
 
 
 
でも、
 
 
「私のことを認めて欲しい」って欲求は、
実は否定すればするほど、
追いかけてくるような、
まとまりついてくるようなもの。
 
 
 
 
周囲の人から、
「社会人として甘えている」とか、
「周りの評価は関係ないでしょう」と
 
否定されればされるほど、
 
承認欲求が全開になっていると、
余計に認めてもらいたくて、
空回りながらも頑張ってしまう。
 
 
 
 
“仕事って周りがどう評価しようが関係ないよ。
あなたはあなた”
 
って考え方は、頭ではわかるけど、
 
 
承認欲求の真っただ中の人には、
ものすごく受け入れるのが大変だと思うのです。
 
 
 
正しいのかもしれませんが、
他人から言われたところで、
素直に目を向けることができるほど余裕がない。
 
だって、
自分を認めてもらいたんだから。
 
 
 
 
まずは、
承認欲求の存在に気付き、
そんな自分自身であること、
そのままの自分を否定せずにいることが、
大切なのではないかと。
 
 
 
 
そのためには、
周りもそのことを
広い目で受け止めることが必要な気がします。
 
 
 
あってもいいんだ、と思えると、
自分のことだけでなく、
他人の「承認欲求」も、
当たり前に受け止められます。
 
 
 
 
 
本日は以上です。
 
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

あいさつの、ちから

 
全くの赤の他人から
かけられた言葉に、
涙したことありますか?
 
 
私はあります・・・
 
 
 
大学生の頃に、
ものすごく落ち込むことがあって、
誰にも言えずにつらくてつらくて、
 
 
それでも時は残酷なまでに流れ、
日常を送る重荷に
押しつぶされそうになっていたときです。
 
 
 
~~~~~☆~~~~~☆~~~~~
 
 
郵便局での何気ない窓口での会話。
 
「こんにちは。今日はいいお天気ですね^_^」
 
たしか、こんな感じの
ごくごく普通の言葉を、
窓口の女性が素敵な笑顔で、
包み込むような優しい笑顔で、
私にかけてくれた言葉。
 
 
わたしはそのときに、
頑なに固くなって、
冷たくなった心や体が、
一瞬で解けていく感覚を感じました。
 
 
相手の何気ない、
他愛もない挨拶に、
ものすごく救われ、
 
 
大袈裟ですが、
その人に抱きしめられたような
温もりを感じ、
生きていることを許されたような、
そんな感覚になりました。
 
 
そして、
不思議と自然に涙が溢れてきて、
止まらなくなりました。
 
 
「大丈夫だよ」って、
言ってもらえたようで、
心が温かくなり、
救われたんです。
 
 
その経験を通して私は、
何気ない挨拶や会話にも、
人を癒やす力があることを
おしえられました。
 
 
恥ずかしい話ですが・・・
大学生になって初めて、
人との触れ合いの大切さや、
挨拶の無限の力に気づいたのです。
 
 
 
わたしは、
動物病院スタッフさん向けに
研修をすることがあり、
その際は、
「ビジネスマナー」や「第一印象」など、
挨拶の大切さをお話します。
 
 
 
挨拶には、
「人を癒やす力や、救う優しさ」がある。
 
 
その確信から、
挨拶の大切さを伝えていきたいと思っています。
 
 
また、
自分も日々実践し、
自分自身のことを大切にしながら、
日常の何気ない人とのやりとりも
大事にしていきたいですね。
 
 

動物病院にも、コーチング!

毎月お世話になっている動物病院での研修。
 
テーマは「コーチング」。
 
 
 
個々に目標設定をして、ペアになり、
 
お互いにスクリプトに沿って、
 
コーチング体験をしてもらいました。
 
 
「普段お互いの目標を聞いたりすることがなかったので良かった」
 
「目標が書けないまま始めたが、質問してもらえたことで、言葉になった」
 
「相槌や頷きが、いかに大事かがわかった」
 
「最後にフィードバックしてもらい、嬉しかった」
 
 
など、いろんな感想があがっていました。
スタッフの皆様、お疲れさまでした(*´▽`*)
 
 
 
病院内でも、承認や効果的な質問が
お互いにできるようになるといいですね(*´▽`*)
 
 

“わかっている” を “できている” に。

 
動物病院では、
お昼をとったあとの、
診察時間の合間にすることが多い研修。
 
短時間でお伝えする必要があります。
 
 
先日のテーマは
『人との信頼関係を築くための5ステップ』
 
 
 
 
いつもとは違う頭の使い方で、
眠たくならないように工夫し、
少しでも自分ごとにして、
記憶に残して行動に反映してもらうためには
どうしたらいいんだろう?
 
 
 
毎回、相手の状況も違うし、反応も違う。
面白い点でもあり、
やりがいを感じる点でもあります。 
 
 
人は思考で「わかったつもり」
になっていることが多いです。
 
 
 
わかったつもり、
を無意識レベルで、
自然にできているようにすること。
 
 
 
これって、研修だけでなく、
学術セミナーを受講するようなときも
当てはまりますし、
職場でも、生活レベルでも、
いろんな場面で必要だなぁと思います。
 
 
 
“わかっている”ことを、
“できている”のレベルにすること、
大切ですね。
 

極端な思い込みで、人間関係を複雑にしていませんか?

昨日は、1年程前からお世話になっている

動物病院での院内セミナー。

 

テーマは、アドラー心理学の「認知論」でした。

 

 

人は、自分自身の過去の経験や、

善悪の基準などによって、

物事に「意味づけ」をしています。

 

 

意味づけを他の言葉でいいかえれば、

客観的な物事への「認知」、

「捉え方」のことですね。

 

 

 

この自分だけの意味づけの物差しを、「私的論理」、

極端な思い込みを、「ベーシック・ミステイクス」

とアドラー心理学では呼びます。

 

 

例えば・・・

 

動物病院の待合室などで、

犬にリードをつけずにいる飼い主さんに対して、

 

「いつかケガをさせるに違いない」

“決めつけ”をしたり、

 

「ルールを守れない人は、飼い主として失格だ」

“極端な価値観”で

人をジャッジしたりするような考えが、その一例です。

 

 

 

これはあくまでも例えですが、

誰にでも自分の考え方の癖や

思い込みってあると思います。

 

 

その自分の思い込みの存在や、

自分視点で物事を見ている事実に気づくこと、

これって人間関係を良好に築く上では、とても大切なことです。

 

 

 

昨日はそのようなお話をさせていただき、

スタッフ間で異なる考え方を共有しました。

 

以下は、ご感想の一部です。

 

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Aさん】

他人の話、意見に対して、

自分の主観的な判断でしか聞いていなかったことを認識した。

良い意味でも悪い意味でも、

相手に合わせるのではなく、聞く、そして話して

理解していくことが大事だと思う”

 

============

Bさん】

ひとつの物事について話しただけでも、

色々な自分が考えもしなかった意見が出てきた。

 

何人も患者さんがいるから、

様々な意見や要望があるのだろうな、と思った。

 

============

 

Bさんは、

待合室での待ち時間を快適に過ごすために、

いろいろ考えたいと話してくれました。

 

 

 

スタッフのメンバーが変わると、意見や発想がいろいろで、

 「へぇ~、そう思うんだぁ」と、私も毎回発見があって面白いです^^

 

 

「~するべき」や「~しなければならない」

といった強い思い込みって、

ときに自分をも縛ることがあります。

 

 

 

これに気づき、少し手放すことができると、

人に対してだけでなく、

自分にも優しく労わることができる・・・

 

 

自分らしくある一方で、

極端ではない建設的な認知をもつ、

そんな人間でありたいですね。